頑張る人に立ちはだかる壁の正体

  • 2020.10.22 Thursday
  • 18:25

近年ヒットする曲にはある傾向があるらしい。それは、序奏からサビまでが意図的に短く作られているという点です。ネット配信された新曲をダウンロードして聴く時代ですから、早くサビが登場する曲は分かりやすく受け入れられるのだそうです。現代はネット社会です。何事もスピードや効率が最優先されます。そうした時代の風潮は流行歌の曲作りにも反映されているようです。

 

学問の世界では、文学・哲学・理化学における基礎研究など直ぐに社会の役に立たない分野は軽視され、医療・情報・科学技術など国家の政策に貢献する分野には手厚い予算が配分されています。

 

身近な教育においても同様のことがあてはまるようです。将来を切り開く力となるかもしれない普遍的な学力の向上よりも目先の点数取りや名門校への合格の方が多くの場面において優先されます。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英先生はこうした教育の現状を憂い、『近頃の親は教育熱心ではなく、教育結果熱心だ。』と発言されています。

 

 

■学力が向上するという意味を考えてみよう

 

秋も深まりいよいよ受験勉強も大詰めを迎えようとしています。上がらない模試の成績ばかりを気にしている受験生とその親に見直してほしい前提があります。成績は頑張った勉強量に比例して上がると思い込んでいませんか。これをやれば偏差値がここまで上がるという効率の良い処方箋は残念ながらありません。

 

学力とは、知的好奇心を抱き、自ら課題と疑問を生み出し、思考する力です。虎の巻を暗記して運転免許試験に臨むような一朝一夕な勉強では身につきません。学力の向上は、様々な分野の知識とそれを活用する多様な能力(言語力・観察力・判断力・洞察力など)とが複層的に絡み合って達成できるものです。またそれは思春期の子どもたちの人間的な成長にも相関しますから、普遍的な学力の向上には時間を要します。

 

勉強を頑張っているにも関わらず成績が上がらないのは、勉強を頑張っているからです。トートロジー(循環論法)のような話に聞こえるかもしれません。もう少し分かりやすく説明してみます。勉強には何段階かのステージがあり、段階を上がる時にはこれまでとは異なる思考回路や学習姿勢が必要となるため、伸び悩む期間が発生します。これがいわゆる“壁にあたる”と呼ばれる症状です。

 

 

■5段階に分かれる学習ステージ

 

勉強はステージごとに学習する目標と内容が異なります。学習ステージを5段階に分けると以下のようになります。

 

第1ステージは、そもそもインプットされるべき知識が未学習の段階です。まず、基礎を習得するために例題などの基本問題を単元ごとに学ぶ必要があります。

 

第2ステージは、一度習った基礎を反復しながら抜け落ちている基礎理解の穴を埋める段階です。有名なエビングハウスの忘却曲線によると、人は学習してから24時間後にその約70%を忘れてしまいます。一度習っただけでは定着しませんから同じ問題集を繰り返し学習する必要があります。

 

第3ステージでは、基礎理解の幅を広げていきます。オーソドックスな基本問題に条件や情報を付加した問題、つまり応用問題を扱います。様々なパターンの応用問題と対峙することにより、基礎理解を深め解き方の引き出しを増やすことができます。

 

第3ステージまでは知識や解法を理解しながら習得する“インプット”学習の段階です。インプット学習では知識とその理解は考える際の道具として蓄積されていきます。

 

第4ステージからは、蓄積した知識とその理解とを状況に応じて引き出し組み立てる“アウトプット”学習の段階に入ります。模試や志望校対策などの実践的な問題を数多く解きながら、これまで習得してきた知識や用法の活用術を身につけていきます。

 

最終段階となる第5ステージでは、問題と対峙する中で自ら仮説と疑問を起こしながら解決する能力を養います。こうしたらどうだろうか、この場合は真といえるだろうか、などと一つの問題を様々な角度から捉え、解答に至る複数の道筋を導けるようになります。このステージを卒業できた人は誰かに教えてもらわなくても自学していけますから、能力と可能性は無限に広がっていくでしょう。

 

 

■勉強を進めていく中で現れる最も高い壁

 

壁は、次の学習ステージに移行する際に現れます。中でも第3ステージから第4ステージへの移行期に現れる壁は多くの人にとって高い壁となりがちです。学習に励んできたにもかかわらず模試でその成果が表れない人は第4ステージに上手くステップアップできていない可能性が考えられます。というのも、第3ステージまでの学習は単元別に進められてきたからです。

 

例えば算数・数学では、速さや一次関数や相似図形などの単元ごとに学習が進められます。つまり生徒は、「今日の学習単元は三平方の定理だから、どの問題を解くにも三平方の定理を用いるのだ」という前提の下に問題と向き合います。この時すべての問題を解けたとしても実際の試験で三平方の定理を適切に使いこなせるとは限りません。模試や本番の試験では単元別に明示されて出題されるわけではないからです。加えて、複数の単元を組み合わせた問題も出題されますから、どの単元が隠されているのかを見抜き、どの用法をどんな順序で用いるのかを組み立てる力が求められます。

 

単元別にインプット学習した知識と理解は個別に習得されています。バラバラに格納された知識と理解を紐づけしながら体系的に整理し直しましょう。

 

 

■壁にあたり続ければ乗り越えられる

 

先ほどから述べているように、勉強を進めてきたからこそ壁が現れます。壁にぶつかった時は誰でも苦しくてしんどいかもしれませんが、そこであきらめてはいけません。今まさに、次の学習ステージへ上がるタイミングがやって来たのです。ただ、今の学習ステージを卒業するには何かが足りません。

 

それを確かめる方法として、これまでインプットされた学習内容についてその意味まで理解できているかの見直しをお勧めします。例えば、円の面積の公式【半径×半径×3.14】は知っていても、なぜ【半径×半径×3.14】が円の面積となるのかという意味まで理解していなければ実践的な問題に対応できません。インプット学習の段階ではたくさんの知識や解法を吸収しなければなりません。ゆえに知識や解法の意味を考えず機械的に暗記する学習に陥りがちです。

 

月並みな言い方ですが、基礎理解を固めた後はひたすら実践問題と格闘し続けるしかありません。そうすることで、インプット学習に慣れた脳をアウトプット型の脳に少しずつ変えていけます。

 

学力の向上は人間力の向上でもあります。受験生も親も目先の数字に躍らされることなく、何のための勉強なのかを今一度考えてみてください。

 

 

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理科学器具から学ぶ論理力

  • 2020.10.12 Monday
  • 16:18

丸底フラスコ・試験管・るつぼばさみ・乳鉢・ビュレット・リービッヒ管etc.理科学器具を実生活で目にする機会はほとんどありません。理化学器具はその形状も独特なため、一般の人にしてみれば縁遠くマニアックなものでしょう。しかし、その独特で不可思議な形状の一つ一つには理由が存在しています。扱う薬品や実験方法に適した工夫が施されていますから、その仕組みを紐解けば作り出した人の知恵を知ることができます。教科書に載っているような扱い方を覚えるだけではなく、理科学器具に込められた“なぜ”を考えながら論理力を鍛えていきましょう。今回、テーマにする理科学器具は「メスピペット」です。

 

メスピペット(左)と安全ピペッター(右)

 

 

■メスピペットと駒込ピペットの違い

 

メスピペットはピペットの一種です。高校の化学の教科書でお目にかかる程度で、小中学生が実際に扱う機会はほとんどありません。そもそもピペットとは何?とお思いの方もいらっしゃるでしょうから、ピペットについて簡単に説明します。少々乱暴な言い方ですが、ピペットとはスポイトの類です。溶液を吸い取りそれを別の場所に移したり、必要な分量の溶液をはかったりする器具です。プラスチック製のスポイトをはじめ、ガラス製の駒込ピペット・わずかな溶液をはかり取るマイクロピペット・正確な分量を計量するホールピペットなどがあります。

 

小中学生が手にする機会のあるスポイトや駒込ピペットは、溶液を吸い上げビーカーなどへ注ぐ場合に用いられます。つまり、溶液の移動が目的です。それに対してメスピペットは、必要な分量の溶液を計量する目的で用いられます。「学校の理科実験でスポイトや駒込ピペットを用いて溶液をはかり取ったことがあるから、スポイトや駒込ピペットでも溶液の計量ができるのでは?」と質問が飛んできそうです。確かにスポイトや駒込ピペットにも目盛りがつけられているため、溶液をはかり取る作業ができます。ただ、目盛りの精度は高くありませんので、簡単なはかりとりにしか使えません。溶液の計量を正確に行うには、メスピペットやホールピペットがその役割を担います。

 

 

下の写真をご覧ください。駒込ピペットの目盛りとメスピペットの目盛りとの違いに気づけるでしょうか。

左が駒込ピペット、右がメスピペット

 

左が駒込ピペットの注ぎ口、右がメスピペットの注ぎ口

 

駒込ピペットの目盛りは、注ぎ口を0mlとして上部に向かって数字が増えています(スポイトも同様です)。一方、メスピペットは最も上の目盛りを0mlとして下部に向かって数字が増えています。加えて、メスピペットの目盛りは駒込ピペットの目盛りよりも細かく刻まれています。以上のことからメスピペットは、最初に0mlの位置まで溶液を吸い上げてから滴下することで滴下した量を正確に計ることができます。また、メスピペットの最後の目盛りは注ぎ口よりも離れたところで終わっています。(※注ぎ口まで目盛りが刻まれているタイプのメスピペットもあります。)これは、溶液をメスピペットからすべて出し切らない、つまり最後の目盛りを超えて滴下しないという意味です。すぼんだ形のピペットの先に溶液が残りやすい特性による誤差を減らすための工夫です。

 

 

■知恵と工夫が詰まった安全ピペッター

 

ところで、メスピペットにはスポイトや駒込ピペットにあるような“つまむ場所(ゴム帽)”が見当たりません。どのようにして溶液を吸い上げて滴下するのでしょうか?実は、メスピペットの上端を口にくわえて溶液を吸い上げたら、すばやく指で管穴を閉じて指の加減で滴下するのだそうです。“…だそうです”と述べたのは、これが昔の方法だからです。現在は、安全ピペッターという器具をメスピペットに装着して溶液を吸い上げて滴下します。口で溶液を吸い上げる時代には、塩酸や硫酸などの危険な溶液をごっくんしてしまった人もいたでしょう。“安全”ピペッターという名前の理由に納得できます。

 

安全ピペッター、弁はゴム管(上)が1・ゴム管(下)が2・ゴム管(下横)が3

 

この安全ピペッターの仕組みが単純ながらも良く考えられています。安全ピペッターの3本のゴム管内(上・下・下横)にはそれぞれ弁が入っています。弁は通常閉じられた状態です。弁が入っている箇所を指でつまみ押すとゴム管が歪み弁が開く構造となっています。弁の開閉により、溶液の吸い上げと滴下が操作されます。これはいずれも空気の力によるものです。空気の力によって吸い上げと滴下が行われる仕組みはスポイトも同様です。

 

皆さんもご存じのスポイトの操作手順を思い出してみましょう。

1.まず、スポイトの頭を押しつぶし、スポイトの先を溶液の中に入れます。

2.押しつぶしていた頭を少しずつ元に戻していきます。すると、溶液がスポイトの中に吸い上げられます。

3.頭をつまんだままスポイトを他のビーカー上に移動します。再び少しずつ頭を押しつぶすと溶液が滴下されます。

 

1〜3の手順の仕組みを解説します。

1.スポイトの頭が押しつぶされることによりスポイト内の空気が押し出されます。

2.スポイト内は陰圧になる(空気圧が下がる)ため、大気圧に押された溶液がスポイト内に入ってきます。

3.スポイト内の空気の力により溶液が滴下されます。

 

安全ピペッターにこの仕組みをあてはめて操作方法を考えてみましょう。

1.ゴム管(上)の弁を開いて球体内の空気を外へ押し出します。メスピペットの先を溶液内に入れます。

2.ゴム管(下)の弁を開くと、メスピペット内が陰圧となり、大気圧に押された溶液がメスピペット内に入ってきます。

3.ゴム管(下横)の弁を開くと、ゴム管から入ってきた空気の力により溶液が滴下されます。

 

安全ピペッターの弁は押した時のみ開くため、つまんでいる指を弁から離すと溶液の動作が停止します。スポイトのように頭を押しつぶしすぎてドバっと溶液を滴下しすぎる失敗はありません。安全ピペッターのおかげで安定した滴下が可能となります。

 

簡易的な滴定実験にも用いられます。

 

 

■理科学器具の観察と洞察から得られる本質的学力

 

安全ピペッターとメスピペットはシンプルな仕組みの理科学器具です。シンプルな仕組みであるがゆえに、「この形状は何のためなのだろう?」、「どうすれば溶液を滴下できるのだろう?」の“なぜ”を考えやすい利点があります。こうした器具の形状を観察して仕組みを洞察することにより閃き力と理解力を深められます。教科書に載っている操作方法を丸暗記するだけでは本質的な理解に至りません。暗記した内容はやがて頭から消え去ってしまうでしょう。

 

近年の中学受験では与えられた情報を整理し、そこから推理して論理的に解答を組み立てる力が求められています。それは、受験参考書の定番テーマを学習しただけでは身につけられない力でもあります。特に都立中学で実施されている適性検査型入試は科目横断的な総合問題であり、こうした本質的学力が必要とされます。

 

安全ピペッターとメスピペットは、冒頭で述べた通り、小中学生には縁遠い理科学器具ですが、適性検査型入試の題材として面白い一品です。

 

 

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解説&解答書を見なさい

  • 2020.10.07 Wednesday
  • 19:20

アフターコロナやウィズコロナと謳われる昨今、これまでの価値や常識は通用しなくなり、新たな価値や生活様式が創造されようとしています。こうした時代の潮目に生きる私たちに必要なものは、課題を見つけ情報を整理し論理的に考える力(クリティカルシンキング)と想像力です。

 

教育に目を向けると、昭和世代が叩き込まれてきた「こうあるべき・こうすべき」という判断基準や行動規範は、不確実性や流動性が増す現代において色褪せたものとなっています。ところが、公教育の世界においては未だ昭和の風が吹いているようです。例えば、以下のような変わらぬ慣習や価値観が学校現場で今も蔓延っているのではないでしょうか。

 

□ 板書を書き写させる授業スタイルが主流。

□ 私語は厳禁、意見や批判は好まれない。

□ 筆算の横線は定規を用いて書かなければならない。

□ ノートを美しく書き上げる者が評価される。

□ 消しゴムを多用してしまう生徒が多い。

□ 個々の学力や目標を考慮しないノルマ的宿題を課す。

□ 生徒が独自に宿題や課題を先行させることを嫌う。(足並みを揃えたい)

□ 意味を考える学習よりも暗記などのパターン化された学習を優先する。

□ 100点満点至上主義(失敗を好まない減点法的な発想)

□ 受験や社会に通用する普遍的学力よりも定期テストを重視する。

問題集の解説&解答書を生徒に配らない。

 

上記項目の中から今回のコラムでは、赤字で述べた“問題集の解説&解答書を生徒に配らない”に着眼してみます。解説&解答書とは、学力向上のためにどのように向き合えばよいのでしょうか。

 

 

■解説&解答書を見てはいけない、との思い込みを捨てよう

 

分からない問題に遭遇した時(ここでは主に算数・数学を中心に考えます)、解説書を開くとカンニングをするかのように後ろめたい気持ちになる人は少なくないのではないでしょうか。なぜ後ろめたい気持ちになるのでしょうか。前述の赤字項目の通り、学校が生徒に解説&解答書を渡さないことが一因しています。というのも、解説&解答書を生徒に渡すと生徒がズルをして解答を書き写すのではないかと先生は疑っているのかもしれません。また、生徒が解説&解答書に頼る行為は虎の巻を見るようなものであり、学習にはならないと信じ込んでいるのかもしれません。生徒も同様の思い込みをしているため、解説&解答書を開くことにパンドラの箱を開けるような後ろめたさを感じるのでしょう。

 

理解もせずに丸写しして提出するようなズルを行う生徒が一定の割合で現れるかもしれません。そうしたズルによりノルマから逃げられるかもしれませんが、ズルした行為は結局自分の身に跳ね返るだけです。横着をする生徒は、解説&解答書を手にしていなくともそもそも勉強と正面から向き合わないでしょう。

 

そのように考えれば、先生が生徒に解説&解答書を見せないようにする必要はありません。むしろ、解説&解答書を配る方が生徒のためになります。解説&解答書はパンドラの箱ではなく、それを正しく活用すれば自習力向上の武器となるからです。

 

 

■分からない問題に遭遇した時の対処法

 

自習中に解けない問題にあたった時には、以下の方法で対処します。

 

 

一、問題文を注意深く読み直し、問われている内容と明らかになっている情報について図や言葉を用いながら整理する。その上で10分間全力で考える。

 

二、一の方法でも解けない時には、解説&解答書を開き、解説について“なぜそうなるのか”という発想の下に読み解いてみる。

 

三、二の方法でも解けない時には、質問できる人が近くにいれば質問する。ただし質問する際は、自分が解き明かせた箇所と解き明かせない箇所とを整理して相手に伝える。

 

四、質問できる人が近くにいない場合、一旦保留にして次の問題へ進む。時間は無駄にできないという認識を持つ。

 

 

自習力を向上させるポイントは二の対処法にあります。みなさんは解説書を読んでも良く分からないという経験がありませんか。大半の解説書はスペースの都合もあり、解説文が言葉足らずであったり基礎的な知識や前提が省略されたりしています。ゆえに、解説書はそれを読めば虎の巻のようにすぐに理解できるものではなく、解説内容を理解すること自体に思考と労力が要求されるものです。解説内容を読み解く中で、「ああ、そういうことか」とか「なるほど、こういう考え方があるのか」とか気づきがあれば、解説書と格闘する行為は理解度の向上と思考力の鍛錬につながります。

 

解説書は、自分には思いつかなかった考え方、或いは学習していたものの上手く組み立てられなかった考え方を学べる場でもあります。つまり、解説書を紐解く行為自体が意義のある学習だと言えます。勉強は個人戦でもありますから、自習の方法を掴み取った者は時間を有効に利用しながら成績を伸ばせていけます。

 

 

 

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ドキドキわくわくお断り

  • 2020.10.02 Friday
  • 15:18

理科実験というと派手な結果や科学現象に焦点が当たります。科学体験は子どもの好奇心をくすぐるとか、目をキラキラと輝かせるとかいったキャッチフレーズが巷に飛び交います。多くの人は“理科実験=楽しそうな特別活動”とイメージを抱いているのでしょう。

 

派手な実験結果の裏に潜む原理原則を解き明かす。

 

 

私はかなりのひねくれ者です。アッと驚く実験結果にドキドキわくわくしてもその場限りで終わるなら、それは探究学習ではなく、レクリエーション活動にすぎないとの持論を持っています。理科実験は本来、地道であり根気と思考を要する探究学習だからです。探究学習とは、通学途中も食事中もトイレ中も頭に沸いた課題や疑問を四六時中考え続ける行動を指します。

 

 

■好奇心を焚きつけっぱなしでは意味がない

 

知的好奇心は“もっと知りたい・なぜ”という欲求を生み出し、自ら調べたり注意深く物事を捉えたりする行動につながります。こうした探究活動を行う中で論理的な思考力が養われ、ものの見方が広がります。

 

科学実験で芽生えた知的好奇心が思考力や論理力などの学力として実を結ぶか否かの鍵は探究活動の継続にあります。受験勉強やスポーツや芸術活動でもその活動を突き詰める行動と継続とが上達の礎である事実は周知の通りです。科学実験を科学ショーやエンターテイメントとして扱うと、科学現象の裏側に潜む仕組みや疑問に焦点が当たりませんから、科学実験は見る者に物見遊山的な好奇心を一時的に生じさせる程度で終わってしまいます。

 

ところが、冒頭でも述べた通り理科実験はお楽しみ感を求められやすい風潮があります。中には、継続した活動でなはく不定期のイベント的な活動で十分という声すら聞かれます。こうしたイメージを持たれる方は、科学実験の派手で不思議な側面しか見ていないのでしょう。科学実験の分かりやすい結果は裏で用意周到にお膳立てされた賜物です。科学実験の結果に至るまでの過程には試行錯誤があり、試行錯誤をする中に思考と知的好奇心の種が詰まっています。生徒が科学実験を学力向上のツールとするには、科学現象を見て確認させる(驚かせる)だけではなく、試行錯誤させる必要があります。ただ、探究活動にせよ試行錯誤にせよ、科学実験の課題を設定し目的を理解できる言語力と教科書レベル程度の基礎知識とを要します。

 

 

■理科実験はとっつきやすいハイレベル学習である。

 

ここまで読まれた方は、「理科塾の理科実験を受講するには高い学力が必要なんだ」と思われるかもしれません。しかし、現に高い学力を持ち合わせていなくともハイレベル学習への門戸は開かれています。理系が好き、科学に興味があるという方は誰でも理科塾の授業に参加できます。すでに高い思考力と論理力とを備えている生徒ももちろん歓迎ですが、そうでない生徒も試行錯誤型の理科実験を通して知的好奇心を育み、勉強に対する景色を一変させられます。

 

理科塾は“「好き」から始めると学びは面白い”をキャッチコピーに掲げています。一つの実験結果から、つぶさに観察して原因を探る、こうしたらどうだろう?ああしたらこうなるだろうか?と疑問と仮説を巡らせる、実験方法や条件を変えながら実験と考察を繰り返す。興味と関心から科学に没頭すれば、書籍に目を通し知識を蓄え、関連する身の回りの現象に目を向ける。こうした探究学習は勉強の本質です。

 

これまで受け身型の勉強の世界しか知らなかった生徒も学びが世界を広げる実感を抱けるでしょう。勉強に苦手意識を持っていたり、積極性を持てなかったりしてきた人は、一方通行の勉強の世界で勉強の本質に気づけなかっただけかもしれません。没頭することから始まる探究活動は理科にとどまらず、すべての教科に役立つ学力と目を開花させるに違いありません。

 

 

■探究学習の場は実験室だけにあらず

 

2週間に一度の理科実験ですが、学習するのは毎日です。生徒に決してやってほしくない行動は、「今日はどんな科学ショーを見られるだろうか」と期待して入室し、「面白かった〜♪」と退室し、テキストをファイルに閉じたまま永久凍結してしまうことです。生徒が実験室で得て持ち帰るのは、新たな科学的好奇心と新しい科学テーマへの招待状です。実験授業の中で学んだ知識や体験を自宅で振り返り、書籍や図鑑やインターネットで知識の枝葉を広げながら調べてみてください。理科塾のテキストには復習問題を載せています。教科書や受験に対応する実験内容も数多く扱っていますから、参考書を開いて実験内容と関連する問題を解いてみてもいいでしょう。自宅学習で沸いた疑問や器具を用いて確認したい内容があれば、可能な範囲でサポートしますよ。

 

 

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日々是発見フクロウ日記―ヒト化する!?エキゾチックアニマル―

  • 2020.09.21 Monday
  • 23:27

エキゾチックアニマルって何?一般の方には聞きなれない言葉でしょう。エキゾチックアニマルとは、獣医師さんやペット業界の間で用いられる用語で、外国から来た野生動物や一般的にペットとして飼育されていない動物などを指します。私はかれこれ10年以上に渡りエキゾチックアニマルに分類されるフクロウ(モナリー♀)と同棲しています。

 

当初、モナリーは教室の営業部長としてその居所を教室に置いていました。私は、仕事を終えるとご飯と水を置いて帰宅していましたので、夜行性であるフクロウの夜の生態を直に見る機会は滅多にありませんでした。

 

現在は、リビングに放し飼いの状態でモナリーと生活を共にしています。教室で飼われていた頃に比べてモナリーとの距離感は縮まっています。同時に、地味で存在感の無いフクロウが人間の生活の中で暮らすことによりヒト化してきています。

 

仲間との出会いなのか…?

 

 

■ヒト化した!?猛禽類フクロウ

 

モナリーのヒト化として、これまで勝手に食していたご飯や水を人間に要求する行動が見られるようになりました。ご飯は、解凍された鶉肉を就寝前に置いておきます。モナリーはこれを夜間に1/2羽ほど食べます。翌朝までに食べ残された鶉肉は、傷んでなければ冷蔵庫に保管して次の日に回します。モナリーは、私がラップに鶏肉をくるんで片づける様子を見て、それを理解しているようです。というのもモナリーは、おなかが空くと鶉肉を最後に置いていた場所に飛び降り、嘴をコツンコツンとやりながら、「ここにあった残りの肉を出せ。冷蔵庫にあるんだろ」とアピールしてきます。私が冷蔵庫の扉を開けると「待ってました」とばかりにそわそわしながらこちらを見ています。私が台所のシンクで水を汲んでいることも見て知っていますから、喉が渇くと洗い物をしている私の方をジーっと見つめて「蛇口から水を汲め」と要求してきます。

 

モナリーのヒト化は肉や水を要求する行動だけではありません。私がモナリーに水を飲ませている時には、喉の渇きが潤うと「もういらない、ごちなま(ごちそうさま)でした」と言わんばかりに、止まり木の替わりにしている椅子のカバーで口を拭き始めます。(私が肉をちぎって手あげしている時も同様です。)

 

水浴び(入浴)は1週間にほぼ1回のペースです。この時のアピールぶりは激しく、台所シンクの縁まで飛んできます。(洗剤の泡の中に飛び込むくらいの勢いで飛んでくるので、洗い物をしている私も焦ります。)ただし、人間の都合で水浴びは午前中と決めているために、私の夕食時や就寝前にアピールされた場合はその要求に応じません。「今日は遅いから、(フクロウにとってはこれからが活動時間だが…)水浴びは明日ね。」とモナリーを諭します。モナリーは、納得いかないような鳴き声を発しながら居場所へ帰るのですが、翌朝に人間が活動を開始すると昨夜の約束を覚えていたかのように台所へ飛来してアピールを再開します。人間の勝手な解釈じゃないのかとお思いの方もいらっしゃるでしょう。実は夜間もモナリーは部屋の中を自由に行動できるのですが、私が部屋にいてもそれ以上のアピールは行わず、じっとしています。どこまでモナリーが人間の言葉を理解しているのか分かりませんが、ニュアンスは理解できているのではないかと思わざるを得ません。

 

水飲み用のおけで入浴するの?現在は大きなたらいを与えています。

 

 

■好きなテレビ番組は・・・?

 

私がモナリーと同じ空間に暮らすようになって最大の驚きの一つは、フクロウがテレビを視聴する行動です。モナリーはリビングにいますから、テレビを見られる環境にあります。フクロウの習性からテレビの色や光の動きに反応しているだけではないかと考える向きもありますが、どうやらこの行動はただ見ているものではなく視聴しているものと断言できます。

 

その証拠の一つに、番組を選り好みしている行動が挙げられます。特に好きな番組は動物ものとEテレの子ども向け番組です。

 

動物ものにもさらに好みがあるようで、同種の猛禽類を始め鳥類・ネコ科(ライオン・トラ・猫)が出演している番組を好みます。一方で、魚類や水に生息する生き物には興味を示しません。動物が映し出されている環境もジャングルやサバンナ系を特に好みます。モナリーは南米原産のワイルド種ですので、過去の記憶が蘇るのかもしれません。

 

Eテレに関しては、ピタゴラスイッチを筆頭に0655や子ども向けアニメーションやみんなのうたなどを好みますが、おかあさんといっしょ的な幼児が出演するシーンには無関心です。(モナリーは教室の営業部長だったくせに子どもが苦手です。)

 

視聴するときの態度にも微妙な違いがあり、より好む内容の時には前のめりになって見ています。私がモナリーとテレビとの間を横切ろうものなら、「どけよ、見えないんだよ」といった感じで首をぐるんぐるん回してきます。ただモナリーは、テレビに映し出されるものがそこに存在しないことを理解しているのか、テレビに飛びかかるようなことはなく、たまに頭を掻いたり気がそれたりしてリラックスしています。まるで人がテレビを視聴する様子と何ら変わりません。

 

加えて、テレビ番組に対する内容の理解もしくは記憶もある程度あるのではないだろうかと思える事実があります。モナリーが夜鳴きしてうるさい時の対策として好みの動物系番組を録画保存しています。これを流すと夜鳴きを止めてくれるのですが、視聴回数が増えるとその効果が薄れてしまいます。つまり、「またこれかよ。もう何度もみたよ。」と言わんばかりの態度を見せるのです。録画番組の使い回しは見抜かれてしまうため、アニマルプラネットやNHKなどをチェックして新たな番組をストックしておかなければなりません。

いつか見た憧憬なのでしょうか?食いつき方が違います。

 

 

■モナリーは本当にワイルド種なのか、という疑問

 

フクロウは犬猫と異なりペットとして適さないという見解があります。例えば、台湾ではフクロウをペットとして飼うことが禁止されています。人間の生活空間にフクロウを棲まわせる行為は、フクロウへの拷問に近いと考える自然保護団体も存在します。こうした団体は、『人の話し声やテレビの音声が聴力の優れたフクロウにとって騒音でしかなく、旋回して飛び回れない環境は本来の生息環境から乖離している』とその理由を挙げています。そうした主張は一理あるでしょう。猛禽類をはじめハリネズミや爬虫類など珍しい動物に癒しや愛くるしさを感じているのは、人間の一方的なエゴや思い込みでもあるからです。しかし、モナリーの様子を見ているとテレビの音声を不快に感じているようには思えません。

 

お世話になっている獣医さんがモナリーの様子を見ながら口にされた言葉があります。「この子は本当にワイルドかなぁ?」。ブリード種(人間が繁殖させた種)であれば、人と信頼関係を築きコミュニケーションをはかれます。ペットとして一般的な犬や猫はもちろん、鳥類においてもオウムやインコなどは人と主従関係を築きやすい動物です。一方でワイルド種というのは、どんなに飼い慣らしても人と縮まらない距離があります。

 

モナリーを飼い始めた頃には、フクロウの生態や行動を探ろうと試行錯誤していました。犬猫と違い、分からないことが多い猛禽類は些細な変化も見逃さず付き合う必要があります。生活空間を共にするようになってからのモナリーの変化量は大きく、正直こうしたヒト化行動を見せるとは思ってもみませんでした。

 

他にもヒト化した行動や飼育して経験した様々な苦楽があります。10年分のフクロウライフについて第2弾コラムにて綴っていきます。

 

 

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