自由研究のコツ

  • 2018.07.31 Tuesday
  • 16:29

梅雨明けが記録的に早く、逆走台風と少々熱すぎる夏が到来。子どもたちは夏休み真っ只中です。夏休みといえば、海に山にお祭りと楽しいことが盛りだくさんの一方、水を差すのが作業的?な宿題の数々。中でも多くの親子を苦悩させる宿題が、昔も今も…ご存知“自由研究”です。

 

この自由というのに微妙に自由でもない宿題の展示会を以前、とある街に見に行ったことがあります。小中学生が提出した自由研究の作品や資料の展示がずらりと並んでいます。私が小中学生だった昭和の時代とは違い、インターネットやスマホも駆使されており、作品の完成度は格段に向上していました。都心の画材店で買ってきたような特大の模造紙に画像を貼り付けたもの。まるで高校や大学の理科ノートのような構成がされた文章がぎっしりと書き綴られたもの。「えぇ〜小学2年生ですか…ほぉ〜。」わが子の可愛さあまって、夢中になるお父さん、お母さん方の姿が目に浮かびます(失礼!)。そういえば、昔の教え子に毎年夏が来ると我が子置き去り気味?に気合が入りまくるお父様がいらっしゃいました。まぁ、それはご愛嬌というか親子の夏の思い出でもあり、OK!OK!と微笑ましく思います。

 

しかし、その反面やはりというか、気になることがあるのです。それは、研究テーマがネット上で氾濫しているものばかりということなのです。しかも、圧倒的に“皆様ご存知の理科実験”系が多い。面白楽し理科実験のネタはネットに溢れ、マニアな方々がご丁寧に動画までアップしておられるご時世です。簡単な実験キットなら巷で手に入りやすいですしね。引用先が豊富にあり完成度は高くなりました。しかし、どうも独創性に欠けるものが多いのです。

 

子どもたちは自由研究の宿題を“こなす”視点に囚われ、「自由研究らしい定番、自由研究=理科」と型にはまったテーマを追ってしまうもの。結果、インターネットやハウツー本からどこかで見たような理科実験をなぞらえ、同じようなまとめに終着してしまいます。心から素直に発した自分だけの疑問、これこそが研究テーマの種になるのです。言い換えると、理科とか社会とか教科の枠にこだわらず、生活の中で疑問に感じること気になることは、なんでも研究テーマになりえます。そうは言っても、「身の回りで疑問に感じること、気になることなんて特にない」なんて子どもたちから反論されそうです。ええ、確かにそうなんです。普段から物事を注視したり、観察したりする習慣が乏しい子どもたちにとってはハードルが高く感じられるでしょう。算数でも国語でも決められた分野を機械的に解く勉強に慣れすぎた子どもたちは、勉強は教科書の中にだけあるものと誤解しているかもしれません。

 

勉強とは考えるためのツールとなる知識を蓄え、考えることによって好奇心と探求心を育み、内面の世界を広げること。目の前にあるものを何でもないものとしてスルーするか、それともその些細な変化に気づいたり、興味をもてるかは、好奇心と探求心にあるのです。自由研究は、人と違ってもいい。自分だけの着眼点と疑問を普段の勉強法に縛られない方法で調べていくと勉強の本質が見えてきますよ。

テストから養う「分析眼」

  • 2019.02.05 Tuesday
  • 18:00

2月に突入し、早いもので2019年も12分の1が過ぎ去りました。2月と言えば、「テスト」です。私は塾屋ですから、受験シーズン到来です!と受験の話題に触れるべきですが、私がもう一つ思い浮かべる2月のテストと言えば、F1の開幕前テストです。なんのことやら、まったくマニアックな話で恐縮です。

 

 

■F1のテスト−最先端の技術競争の現場−で繰り広げられるトライ&エラー

 

地上波で放送されなくなって久しいF1レース(フォーミュラワンレース)です。3月の開幕に向けて各チームが技術を結集した新車を発表し、テストに奔走する時期が2月です。航空力学や流体力学を駆使した車体や究極のハイブリッドエンジンでもあるPU(パワーユニット)など、世界の名だたるメーカーや一流の技術者がその頭脳をフル回転させて開発に注力します。日本に絡むところでは、ホンダがPU(パワーユニット)を製作して、今年からトップチームの一つ、レッドブルF1チームともタッグを組みます。

 

メディアはテストが行われるバルセロナへ押しかけ、最速タイムと周回数の多少に一喜一憂してチーム力の予想合戦に興じます。しかし、チームがテストで重視していることは、様々なセッティングを試しながら細かな問題点をどれだけ洗い出せるのかという点です。逆に言えば、何もトラブルが現れないと車を理解することができず、開幕戦に不安を残すことになります。

 

F1復帰5年目を迎えるホンダは開発に苦戦し、これまでのシーズンで惨憺たる結果しか残せていません。それというのも、現代のF1エンジンは、ガソリンを燃焼する内燃機関(いわゆるエンジン)に加えて、ターボと2つの回生エネルギー機関によって構成されており、複雑なハイブリッドとなっているからです。2つの回生エネルギー機関とは、、燃焼で生じた排気熱を電気エネルギーに回生するMGU-H、ブレーキング時に放出される運動エネルギーを電気エネルギーに回生するMGU-K(市販車ではプリウスなどに搭載されている技術)です。こうした仕組みから近年はエンジンという呼び名ではなく、PU(パワーユニット)という名称が使われています。

 

PU(パワーユニット)は、実車に載せる前にダイナモと呼ばれる施設で開発が行われます。ダイナモとは、研究所内でPU(パワーユニット)を単体の状態で稼働させる施設のことで、コンピュータのプログラムに沿って数値の計測が行われます。(イメージとしては、人工脳みそがガラス部屋の中に置かれ、コンピュータに接続されており、モニターに脳の稼働状態が表示されているといった感じでしょうか。)ダイナモでは、F1が開催されるサーキットの情報を入力することで実際に走行するときに近い状態を再現することが可能です。実際のコースをシュミレーションしながらパワー・トルク特性・エネルギーバランス・耐久性などの性能を評価します。ホンダは栃木県さくら市に最新鋭を誇る研究開発施設を所有しており、ここで日々F1パワーユニットの開発が進められています。

 

研究所のダイナモ上で問題のなかったPU(パワーユニット)であっても、サーキットの走行テストの段階においてダイナモ上には現れなかったトラブルに見舞われることがあります。急加減速やハイスピードコーナーで発生する高いGフォース(慣性や遠心力)、路面の凹凸から伝わる振動や熱、PU(パワーユニット)以外の装置との干渉など、ダイナモでは再現できない環境や条件がPU(パワーユニット)に影響するからです。

 

現場で発生したトラブルデータとPU(パワーユニット)を再び研究所に持ち帰り、分析して、原因を究明する。対策を施して開発の方向性を再検討する。こうした地道なトライ&エラーが最先端の技術の現場で繰り広げられています。

 

 

■テストと向き合って得られるもの

 

いささか話の飛躍と思われるかもしれませんが、「テスト」という観点でF1の世界から勉学の世界へ目を向けてみます。両者のテストのスケールやレベルに違いがあるものの、テストの役割においては同じことが言えるのではないでしょうか。

 

受験がこれまでの積み重ねを発揮する勝負の場であるとすると、日頃の模擬試験や小テストは、自己の不得意箇所や癖を洗い出し、対策と今後の勉強の方向性を検討するために活用されるべきものです。ところが、こうしたテストの活用をしている人は少ないように思います。テストの答案が返されると目がいくのは点数だけという人はいませんか。点数が良かったと安心して、悪かったと落ち込んで、答案用紙をポイしちゃってませんか。偉そうなことを言っている私も学生時代はその類の一人でした。テストの点数はこれまでの頑張りのバロメーターでもあり、良い点数は励みにもなりますから、点数に一喜一憂する気持ちはよく分かります。

 

「点数の一喜一憂に終わらず、テストをちゃんと見直しています」と思った人もいるでしょう。では、“見直し”とは何を指すのでしょうか。

 

テストの答案が返却されると、先生が黒板に解答や解法を書き、クラス全員がそれをだらだら書き写す風景がよく見られます。ここで行われているのは個々の問いに対する解き方をなぞる作業です。解答と解法を知り、分かった気になるかもしれませんが、そこに何の意味もありません。その問いの本質的な意味を理解していなければ、問い方を少し変えられると丸写しした解法は役に立たないからです。

 

テストで重要なのは前述したようにまずは不得意箇所と解き方の癖を発見することです。間違えた箇所については、“なぜ”間違えたのか、原因を究明しなければなりません。「必要な知識の漏れや不足がなかったか」、「理解の思い違いがなかったか」、「問題文の読み込みが足りなかったか」、「共通した傾向はなかったか」など。逆に正解だった箇所に対しても、「完璧な理解の上で解けたのか」、「迷いやあやふやな点がなかったか」、「解答に辿り着くまでの道筋は正しかったか」などを究明する必要があります。「なぜ」・「どうして」の思考を繰り返し、情報を整理する。いわば、“分析する眼”が、テストの見直しに必要とされます。

 

そもそも答案の内容はひとりひとり異なっていますから、クラス全員で行うことはナンセンスです。ひとりで答案と向き合わなければなりません。そうは言っても、「どのように分析すれば良いのか」、「今後の勉強の方向性をどのように計画すればよいのか」を知るには、全体を把握する客観性と経験が要求されます。そこで頼りにしたいのがプロの塾講師です。(塾の押し売りをしている訳ではありません。)プロの塾講師のアドバイスを借りながらも、まずは返却されたテストの解答と向き合ってみませんか。そうすることで“分析する眼”が養われ、それが学力向上への近道となりますから。

 

 

 

筆算の定規直線問題から考えるノートの使い方

  • 2019.10.03 Thursday
  • 13:40

■筆算の定規直線問題にみる教育の慣習

 

『筆算の直線を定規で引かなかったらやり直しを命じられた』福岡の小学5年生に起きたエピソードが新聞に取り上げられ、ネット上で話題になっています。学習の目的と手段を取り違えている“学校あるある”の典型的な例だと思います。批判の矛先は先生の指導内容に向けられているようですが、教育における慣習に対して疑問を抱かない空気は、子も親も含めて社会全体に蔓延しています。筆算直線主義の先生も小学生だった時に同様な指導を受けてきたのでしょう。

 

私も中学生の頃を思い返すと、毎日提出を義務付けられた数英の課題ノートを"美しく”書くことに注力していました。色ペン・蛍光ペンを駆使してきれいに書きあげると課題を“ちゃんと”こなしたアピールになるのです。きれいに書く⇒先生に評価される⇒内申点へつながる。こんな図式が課題ノートにはありました。しかし、ノートは誰かに見せるためではなく、自分の理解向上のために利用されなければなりません。ちなみに、英語が得意科目だった私にとって理解しきった内容をわざわざ課題ノートに記す必要などなく、課題ノートは作業そのものでした。

 

 

■ノートを作品化させる指導は間違っている

 

ノートの取り方・使い方を教えること自体に問題はありません。ノートの基本的な使い方はありますし、小学生ならばマス目や罫線の利用方法を教えてしかるべきです。ただし基本的な使い方を超えては、各生徒がやりやすい方法を見出せば良いのです。『こういう方法もあるよ。』とか『こうするといいよ。』とかいった程度の指導で充分です。勉強の理解を捗らせる上でノートは目的ではなく、手段であるからです。

 

しかし学校現場では、"美しくまとめられたノート=理解が深まる”信仰は根深く、画一的な方法を強要する事例が多く見受けられます。「紙がもったいないから、マス目は隙間なく書きなさい。」・「途中式やメモ書きを消して答えのみを丁寧に書きなさい。」本気ですか?と言いたくなります。資源は大切ですが、節約する場所を間違えていませんか。ノートなんて何冊だって買ってあげるからどんどん書き込みなさい。後述しますが、途中式やメモ書きこそノートの醍醐味ですので、消す作業は時間と消しゴムの無駄です。

 

 

■マルを目標にしてはいけないーノート作品化指導に翻弄される子どもたち―

 

ノートをきれいに仕上げる指導が目的化されると、ノートは清書でなければならないという意識が子どもたちに植え付けられます。途中式やメモ書きを極力書かず、書いた内容に間違いがあれば消し、問題を解くことよりも綺麗に見せることに神経を払うようになります。出来上がったノートは字の上手さを除いて皆同じとなり、問題と答えがきれいに並びます。こうなると厄介なのは、答え合わせでバツがつけられた時に間違えた答えを消してからやり直す癖がつくことです。バツはノートの秩序を乱すから排除する。そんな意識が芽生えてしまうと、頑張ってノートを仕上げた割に学習効果が上がらなくなります。

 

バツには勉強の種がつまっています。バツは、どうして間違えたのか・どこを考え違えたのか・自らの弱点はどこかを知る手がかりです。やり直す時はバツをそのままにして、その横や下にもう一度問題を書いてやり直せばいいのです。そもそも途中式やメモ書きを書き記していなければ間違いの原因も分かりませんが…。子どもたちが、計算問題や漢字の書き取りでバツをつけられることを嫌い、〇マルが並んだノートにしたり顔するようでは本末転倒です。

 

 

■ノートは頭の中に浮かんだ考えの筋道を記すもの

 

ノートとは、答えを導くための筋道を書き留めるために使われるものです。例えば数学の問題では、A=B・B=CゆえにA=Cという三段論法のように、解答に辿り着くまでの論理が求められます。問題から与えられた情報を図や表に落として頭の中を整理する。考えた論理を式と言葉で理路整然と組み立てる。そこで頭の中に浮かんだ考えを視覚化させる道具がノートです。したがって、ノートを清書のように仕上げる必要はありません。どんどん書いて考えが行き詰ったら次のページから仕切り直せばいい。極論を言えば、ノートは自分だけが理解できれば良いものでもあります。

 

耳にした話では、東大生が書くノートは汚いものが多く、“清書ノート”とは程遠いとか。(私はきれいに書いてますという東大生には失敬…。)つまりは、問題を解くにあたり筋道を立てて考える習慣が身についており、勉強とノートの使い方における本質を理解していると言えます。

 

多くの小中学生は、一問一答的な問題を好む一方で、算数の文章題や数学の証明問題になると手も足も出なくなります。現場に立つ先生なら誰でも実感しているでしょう。こうした実態もノートを美しく書く指導が手段ではなく目的と化した弊害なのかもしれません。ノートとは何のために使うのか、ノートは頭の中の軌跡であると小中学生の頃から教えていけば、考える習慣が身についてくるのではないでしょうか。

 

 

無駄で俗な経験こそ学力向上の秘訣

  • 2020.01.29 Wednesday
  • 15:21

■経験則が減っている?現代の子どもたち

 

AI・5G・ゲノム等々、日進月歩する文明の進化は世の中を便利にしています。一方で、日常の森羅万象を成長とともに学ばなければならない子どもたちにとって、現代社会は、物事の現象とその原理や仕組みを体感しづらい世の中とも言えます。デジタル機器とネット環境の普及によりボタン一つ(場合によってはボタンすらない)押せば欲しいものや情報を手に入れられます。また、時に安全安心を過剰に意識する風潮は、子どもたちから駄菓子や俗な遊び、あるいは家のお手伝いを遠ざけてしまっています。

 

私が子どもだった30〜40年前はアナログな時代でしたから、今よりも生活の中に経験的な学びがありました。

 

ラジオのエアーチェックに夢中だった小学生の頃、遠くの地域や外国から飛んでくる微弱電波をなんとか受信できないものかとアンテナに同軸ケーブルを巻き付けたり、立体駐車場など高い場所にラジオを持って行ったりしていました。そんなマニアックな遊びから鉄筋コンクリートの建物よりも木造の建物の方が受信しやすいとか、深夜になると外国の電波が届きやすいとか、経験的に知ることができました。

 

家の手伝いの中にも経験的な学びが転がっていました。お風呂準備のお手伝いでは、お湯をはると水面が熱くなり浴槽の下が冷たくなるので、最後にお湯をかき混ぜておかなければならず、温められた水は軽くなるのだと感覚的に学んでいました。また、石油ストーブに灯油を補充するお手伝いでは、灯油ポンプの仕組みを体で学びました。(灯油ポンプの止めどころが小学生には難しく、灯油を溢れさせては怒られたものです。)挙げるときりがありませんが、加減や調整が必要なものが溢れていましたから詳しい原理を知らずとも感覚的に現象を知る機会が多くありました。

 

今では、インターネットラジオで日本全国の放送をクリアに聞けます。お風呂のお湯炊き機能は進化して、ボタン一つで正確な湯温にお湯をはれます。石油ストーブは今でも健在ですが、床暖房や全室空調の普及により子どもが灯油を補充する光景はほとんど見られなくなりました。

 

 

■学習の理解を深める経験則

 

理科実験が実験室の中だけのものとならないように、私は、できるだけ身のまわりのものに関連付けて生徒に理解を促しています。ところが、前提となる経験や知識が生徒に欠けていてポカンとされてしまうことが年々増えている気がします。

 

例えば、糖の実験において単糖類である果糖(フルクトース)を紹介する際に以下のような話をしました。

 

私「果糖はショ糖(一般的な砂糖)に比べて甘みが強く、特に水温が低い時ほど甘みが増すんだよ。人間の舌は冷たいときに甘みを感じにくいから、果糖は炭酸飲料に加えられているんだ。炭酸が抜けたり、ぬるくなったりしたジュースを飲んだ時にめちゃめちゃ甘く感じるでしょう。」

 

生徒「炭酸ジュースは飲まないので分からない。」

 

私「あぁ、そう……ね。」

 

家庭の方針で炭酸飲料や駄菓子が買い与えられないとのこと。もちろん、人それぞれに事情と考え方がありますから、ご家庭の方針にとやかく言うつもりはありません。ただ、ジャンクフードであってもテレビや漫画であっても幅広くものを知っていると、学習した内容が、点に散らばっている経験や知識をつなぎ、面の理解に広がります。「ああ、あれはこういうことなのか。」という瞬間が多いほど理解は自分のものとして習得されます。

 

勉強とは、見識を広げ考える力を身につけることにより内面を豊かにするものです。教科書やテストの世界だけが勉強ではありません。学んだ知識は、日常の経験や見聞と結びついてこそ生きた知識となります。勉強で学んだことが身のまわりのどんなことに繋がっているのか、子どもたちは、そのつながりを知れば、好奇心を抱き、さらに知りたい勉強したいと思えるようになるでしょう。親からしたら害悪と思える俗な遊びや駄菓子やテレビも幅広い見聞の一部となり、学びの引き出しとなりますから、何でも経験しておいてほしいものです。

 

子どもの頃に食べた関西の味と久々に遭遇

 

 

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学力向上の最初の一歩〜塾に通う意味 

  • 2020.06.11 Thursday
  • 18:06

みなさんは何の目的で塾に通い、塾から何を学ぼうとしているのでしょうか。

「そんなの勉強するために決まっているでしょ。」

「成績を上げて合格を勝ち取るためでしょ。」

と叱られそうです。しかし、学校で毎日何時間も授業を受けているにもかかわらず、加えて塾で勉強をする意味はどこにあるのでしょうか。

 

 

■塾で姿勢を正す!?

 

塾で姿勢を正すとは、鬼のような塾講師を前にして背筋を伸ばして授業を受けるという意味ではありません。学校の集団授業で癖づけられた非効率な勉強方法または勉強に対する固定概念を取り払うという意味です。つまり、勉強との向き合い方を根本から見直す学びが塾での最初の一歩となります。

 

見直されるべき点について算数および数学のケースを例に挙げていきます。

 

その1「消しゴムは極力使わない。」

 

算数および数学においてノートは、情報を整理して解法を組み立てるメモ書きです。つまり、頭の中に散らばる情報を視覚化して考えやすくする役割をノートは担っていますから、スペースを大きく取り、思い浮かんだ図や数直線や数式をどんどん書き込まなければなりません。もし途中で方向性の違いや間違いに気づいたら消さずに次のページへ書き直します。ところが、多くの子どもたちは、間違いに気づいたり行き詰ったりするとそれまでに書き込んだものをすべて消そうとする傾向にあります。やがて、消し跡と紙のしわによりどこを消したのかも分からなくなり、時間を浪費した上に混迷を極める結果に陥ります。

 

子どもたちはなぜ消しゴムを多用したがるのか。この問いの答えは学校の授業風景にヒントがあるかもしれません。というのも、学校では板書を書き写すという行為が重要視されているからです。生徒全員が揃って黒板に書かれた板書を等しく書き写す。この“作業”が、ノートをきれいに書かなければならないという“ノート清書信仰”を助長し、ノートを美しくまとめる努力こそ成績向上へ繋がる勉強法だという誤解を生みだします。何色もの蛍光ペンや色ペンで鮮やかに色取りし、定規をあてて寸分狂わぬ線を引く。果てはデコシールを貼る奇策に走る者まで現れます。

 

もう一度言いますが、ノートは頭の中の軌跡です。ノートを美しく書き上げる必要はありません。もとより、頑張って清書したノートを復習の素材として見返す機会は残念ながら訪れないはずです。復習するには、分かりやすく要点がまとめられた参考書や学習アプリやネット動画を利用した方が効率的です。

 

算数数学におけるノートの本質的役割から言えば、ノートよりもコピー用紙やスケッチブックの方が解答を紐解く上で適しています。一枚の紙であればスペースを気にせず存分に書き込めますし、解答できたらポイして次に進めます。ノートを使うメリットは、積み上げられた使用済みノートを眺めて感じる達成感と自信くらいです。

 

ノートに記したものは解答へ辿り着くまでの履歴でもあります。間違いであっても消さずに残しておくと、何が足りなかったのか、どうすれば効率良く解答を導けるのか、考え方の癖や改善するべき弱点が見えてきます。自分が考えて書き出したものはすべて学力向上へつながる材料です。消しゴムのカスが増えた分だけ学力向上のチャンスも消えてしまわないように、まずは“消す癖”を消しましょう。

 

 

 

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算数&数学は筋書き力で攻略する〜塾に通う意味◆

  • 2020.06.16 Tuesday
  • 15:48

算数および数学の成績を左右する能力は何だと思いますか?

 

「数字を扱いこなす力、計算力」

「公式や解法の知識量」

「理系的頭脳センス」

 

多くの人(特に算数数学が不得手な人)は上記のように考えているのではないでしょうか。基本となる知識は必要ですが、数字好きだとか公式や解法の暗記量だとかが決定的能力ではありません。算数&数学に強くなるには読解力と文章力がものを言います。「えっ読解力や文章力って文系的能力じゃないの?」と思われるかもしれません。そもそも、文系理系と能力を分けて捉える発想自体が無意味です。読解力と文章力とを言い換えるならば、解答に辿り着くまでのシナリオを書く力と名付けましょうか。算数&数学の問題に対して以下のようにシナリオを構成します。

 

〔簑衒犬両霾鵑ら状況を整理分析する。

⊂魴錣謀困辰討匹Δ垢譴亰詼(解答)に導けるのか、ストーリー(解法)を考える。

8斥佞反泙魘郢箸靴謄好函璽蝓爾鯀箸瀘て、式に置き換える。

 

シナリオを書く力、つまり筋書き力を鍛えると算数および数学の能力が向上します。

 

 

例として中学受験で頻出する以下の文章題(旅人算)を検証してみましょう。

A君とBさんが1週1.8劼涼咾亮りを同じ場所から出発して、一定の速さで2人が反対方向に進むと8分ごとに出会い、同じ方向に進むと72分でBさんがA君を追いこします。Bさんの速さは分速何mか、答えなさい。

 

‥仂貎擁はA君とBさんの二人です。二人は池の周回道路をまわるようです。(徒歩?ジョギング?自転車?なのかは分かりません。1周1.8劼涼咾噺世┐弌井の頭公園池と同程度の大きさです。)反対向きに進む場合と同じ向きに進む場合とで二人が再び出会うまでにかかる時間が示されています。

 

 

反対向きに進む場合、1分毎に縮まる二人の距離は二人の速さの和となります。逆に同じ向きに進む場合、1分毎に縮まる二人の距離は二人の速さの差となります。問題文に示されている情報は距離(1.8辧砲隼間(反対向きで出会うまで8分/同じ向きで出会うまで72分)ですから、ハジキ(速さ・時間・距離)の法則を利用すると二人の速さの和と差が求められます。

 

続けて、二人の速さの和と差から和差算の知識を用いれば、Bさんの速さが求められます。

 

 

I要ならば図に表してイメージを湧かせます。どういう順序で何を求めるのか、言葉で宣言をしてから計算します。

実際の答案です。まだ荒っぽい所が見受けられますが、解答に至るまでの筋道ができています。

 

 

小中高生の多くは算数&数学の問題に対して言葉(ストーリー)を書けません。問題の情報から言える真は何か?式が成り立つ理由はどこにあるか?本質を見抜き、解答を組み立てる力に言語力は不可欠です。言語力とは読解力や作文力に言い換えられますから、読み書きが不得手な学生は、洞察力や発想力を生かした思考を苦手とします。

 

算数&数学は、公式や解法などのパターンに当てはめ機械的に解く教科だと思い込んで勉強してきませんでしたか。あてはまる人は、その誤った認識を正すところから始めなければなりません。

 

 

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100点満点主義からの脱却〜塾に通う意味〜

  • 2020.06.19 Friday
  • 18:30

学校教育の下で素直に育ってきた生徒たちの特長の一つに100点満点主義があります。100点満点は偉くてすごい。100点満点こそが勉強の目指すべきゴールである。100点満点主義を妄信する生徒は、1点のミスもなく整然と○(マル)が並ぶ答案に美しさを感じるあまり、小テストや定期テストにおいて100点満点まであと何点足りないかを最大の関心事としています。フィギュアスケートの採点ならば、ミスなき完璧さに達成感や爽快感があります。しかし、学習の場において100点満点主義を妄信する姿勢はあまり意味を持ちません。

 

 

■100点満点主義がもたらす弊害

 

勉強における100点満点主義がもたらす弊害の一つに、過程を見ずして結果ばかり気にするという態度があります。答案が返却される際に、途中式や考え方の見直しよりも点数だけを気にする生徒は多く見られます。解答を導くまでのプロセスを考える力こそが勉強の真髄です。しかし、生徒たちは、結果が○ならば安心し、×ならば落胆し、何問できたかだけに終始しがちとなります。それは、まるでクイズ番組的な感覚と同じです。クイズは娯楽や競技として分かりやすく面白いけれども、勉強の目的が考える力を育むことである点から考えるとクイズ的な勉強の捉え方は効果的学習とは言えません。

 

 

■100点満点の価値って何だろう?

 

もし、中学生が小学生レベルの算数問題で100点を取ったとしても、喜ぶ中学生はいませんよね。極端な例を持ち出しましたが、問題には難易度があり、100点満点は学力を計る指標として信頼性がありません。全体の中における自身の学力の位置を知る指標としては偏差値がありますから、点数よりも偏差値を意識する方が合理的です。

 

仮に、難易度が高いテストで一人だけ100点満点を取ったならば、羨望の眼差しを浴びて優越感に浸れるかもしれません。それでもテストの本来の目的から言えば、そうした羨望や優越感に意味はありません。テストは学習の理解度を確認し、弱点と修正点を洗い出だすために行われます。ゆえに、テストは自分自身と向き合う個人戦です。周囲に対して優越感を抱くためでも劣等感に苛まれるためでもありません。

 

100点を取れば、勉強の成果を実感できるし、次へのモチベーションが上がるのではないか、という意見もあるでしょう。指導する立場として、生徒に“解ける&できる”と実感を持たせるために優しい問題をわざと用意する場合もあります。ただし、それはエンジンがかからない生徒を焚きつける一つの奇策であり、多用しても生徒の学力向上につながらないどころか、子供騙しと化してしまいます。本質的な理解と学力向上を実現するためには、目先の点数で生徒を気持ち良くさせるよりも、問題のポイントを掴む力をつけさせる方が効果的です。

 

 

■受験で合格を勝ち取るために100点は不要

 

受験の世界において100点満点を取ることは現実的でありません。受験とは多くの受験生を篩(ふるい)にかけて、学校が望むレベルと人物像に合う生徒を選りすぐる場です。すなわち受験問題には、受験生に知力と労力を浪費させミスを誘う落とし穴が仕掛けられています。受験生が合格を勝ち取るために必要な点数は合格最低点です。他の受験生をいかにして蹴落とすかという術ではなく、ただひたすら合格最低点をクリアできる学力を身につけなければなりません。100点満点を目指して受験勉強に勤しんでも非効率なだけです。ちなみに合格最低点は、受験の種類や学校により異なりますが、65〜80%の間にある場合が大半です。

 

 

■問題との向き合い方はプロセス重視で

 

算数&数学の問題に向き合う時、まず問題文をよく読み情報を整理して何が問われているのかを明確にします。次に、図や数直線などを駆使しながら問題を解くポイントを探せるか否かに照準を合わせます。「この問題は全体の比と差を使うと解けるな」とか、「つるかめ算の仮定的考え方を当てはめればできるな」とかいった具合に解答に辿り着く作戦を描けたら攻略達成です。解答合わせをする際は、考え方の方向性と見抜いたポイントは正しかったか、組み立てた式とその順序に抜けや矛盾はなかったか、を照らし合わせましょう。最終的に答えが○か×かは重要ではありません。プロセスができていれば、答えは自ずとついて来るからです。できるだけ多くの問題にあたるためにもプロセス重視の向き合い方が有効となります。

 

 

 

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勉強したのに成績が上がらないわけ

  • 2020.06.22 Monday
  • 16:53

「あれだけ頑張ったのにどうして私の成績は上がらないのだろう?」勉強してきた多くの人が経験した悩みではないでしょうか。

 

勉強時間と勉強量が足りない。

的外れな勉強をしている。

勉強方法を間違えている。

参考書の選択をミスした。

塾の先生の教え方が悪い。←人のせい?

 

成績が上がらない原因は上記に挙げたように色々と考えられます。しかし、勉強方法もペースも指導方法も間違えていないのに成績が上がらない場合には以下のような原因が考えられます。

 

「成績上昇カーブへの思い込みがある。」

 

勉強時間と勉強量とに対して成績は比例に近い形で上昇すると考えていませんか。グラフに表すと以下のようなイメージです。

 

 

こうした成績上昇カーブのイメージを期待して勉強に励むと必ず壁にぶち当たります。なぜなら実際の成績はイメージ通り上昇しないどころか横ばいの状態を継続する場合が大半だからです。

 

自らに意識改革を施し、目標達成のために遊びも好きな事も我慢して頑張ったのだから偏差値という目に見える形で成果を欲する気持ちは当然です。それゆえ、頑張った分に見合う成果を得られなければ、「どうせ頑張っても無駄なんだ。」「自分には勉強の素質がない。」と気持ちが萎えてしまうかもしれません。

 

でも、勉強への見切りをつけるには少々判断が尚早です。偏差値が横ばいでも、これまで頑張ってきた勉強は間違いなくあなたの血となり骨となっています。間違っているのは勉強が偏差値向上へすぐさま反映するという思い込みです。実際の成績上昇は以下のようなグラフで表されます。

 

 

成績は比例のように上昇するわけではありません。じりじりと潜伏するような期間を経て、あるタイミングで垂直的に上昇します。こうした階段状の動きを繰り返しながら上昇していきます。

 

なぜ成績は比例的に上昇しないのでしょうか。学習は科目と単元とに区分して進められます。科目と単元とは体系的に絡み合っていますから、一つの科目と単元とを学習した際の理解は、複数の科目と単元との学習を終えるごとに深まっていきます。つまり、点でインプットした学習内容は、線でつながり、やがて複層的なつながりとなった時に根を張った知識や知力としてアウトプットできるようになります。勉強を頑張ったのに成績が横ばいである時期は、学習内容を点としてインプットしている段階だと言えます。学習した内容をアウトプットできるようになる時期はある時点で到来します。問題文を読んだ際に今までと異なるようなクリアな感覚を抱いた時が“その時”です。

 

 

一軒家を建てる話で例えてみます。

 

^豸家の建築にあたり設計士はオーナーと話し合った内容からプランを起こし設計図を引きます。

―旅峪佞箍板躑技佞論古未箸量銘矛覯未ら学習内容・学習量・スケジュール等の学習プランを立てます。

 

 

地盤を調査改良し、土地を均し、建物の土台となるベタ基礎を作ります。

∪古未漏惱プランに添って勉強を始めます。欠けていた基礎的な学習内容を勉強して遅れを取り戻します。

 

 

設計図に基づき木工所では柱を加工します。サイディングや設備などの部材を発注します。

生徒は学習プランに添った勉強を続けます。単元ごとの基礎問題をこなしながら学習量を増やします。

 

 

づ鐓紊欧鬚靴泙后(※建物の躯体となる柱や梁や小屋組を組み立てること。半日〜一日で組み上がり、家の形が見えてきます。)

ぬ六遒能蕕瓩栃从甲佑上がります!

 

 

ッ杷材を敷き詰め、電気配線や水道管などを敷設します。

ダ古未漏惱プランに添って引き続き勉強を続けます。単元ごとの学習内容を繰り返したり、演習問題をこなしたりします。

 

 

Ε汽ぅ妊ングをはり、屋根を葺きます。内壁・天井・床をはります。(家の完成形が見えてきました。)

μ六遒任気蕕棒績が上がります!

 

 

頑張った内容が形として現れるまでには一定の時間を要します。成果が表れない内は楽しさよりも辛抱ばかりですが、見えないところで着実に仕事が進められていますから、“その時”を信じて努力を続けてください。信じた者だけが見られる景色があります。

 

 

 

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宿題から解放されると賢くなる!?

  • 2020.06.29 Monday
  • 19:05

コロナ休校期間中に大量の宿題を出された小中高生は多かったのではないでしょうか。休校中のまとまった時間を好きな事・普段できない事・受験勉強に充てようと企んでいた優秀な学生にとって、この宿題は水を差すような存在だったはずです。我が子が宿題をこなす姿に安堵していたのは、学習の遅れを根拠なく心配する保護者ぐらいです。今回の長期休校中の宿題に限らず、学校(特に公立学校)はなぜ宿題を生徒に課すのか、学校が意図する宿題の目的について考えていきます。

 

 

■宿題は生徒個別の状況を鑑みて課されていない

 

大前提として宿題は、生徒の学力を向上させるためのツールであるはずです。学力も習熟度も進路もまちまちな生徒が一様な内容の宿題を一律に課される実態に疑問を感じざるを得ません。公立学校の授業ではどの科目もおよそ教科書レベルで行われています。学力の高い生徒ならば、授業時間内だけで理解できるでしょう。私立校受験やスポーツ芸能芸術など明確な進路に向けて学校とは別の活動に励んでいる生徒ならば、宿題の優先順位は低くなります。一方で授業についていけない生徒にとっては、宿題は荷が重い存在でしょう。理解の及んでいない学習内容に遡り補習を受ける方が宿題に取り組むよりも有益です。つまり勉強とは、個々のレベルと進路状況によって個別に学習内容が異なる個人戦です。生徒が、宿題を何よりも優先するべきものと信じて真面目に提出しても、学力は効率良く向上しません。

 

将棋の棋士である藤井聡太七段が中学時代に「なぜ宿題をやる必要があるのか?」と先生に質問したエピソードは知られるところです。棋士の道に忙しい藤井聡太七段は、授業内で理解済みの内容を自宅学習することは時間と労力の無駄だと考えたのでしょう。結局、先生に諭された藤井くんは宿題をやることに同意したそうですが…。

 

 

■学校が宿題を一律に課す本当の目的

 

宿題に関する学校側の言い分として以下のような声が上がりそうです。

 

その日に行われた授業内容を生徒に定着させるため。

宿題を課さないと生徒は自主的に勉強をしないから。

学習のリズムをつけさせるため。etc.

 

実際のところ、自宅での復習素材として宿題にじっくり向き合い、理解の定着を図れている生徒はいかほどいるのでしょうか。多くの生徒は、宿題をこなすべきノルマと認識して理解の定着よりも提出という義務の履行に労力を注いでいるのではありませんか。先生にも、宿題を通して一人一人の習熟度を把握する余裕はありませんから、学校は提出率のチェックという形で生徒の学習を管理するようになります。つまり、生徒と学校の両者にとって宿題は、提出自体がゴールとなりがちです。宿題の提出は成績評価の材料となり、生徒は宿題というノルマにますます縛られるようになります。

 

宿題をやってこない生徒を先生が叱る理由は、生徒の習熟度向上を心配しているからなのか、それともノルマをこなさい(生意気な)態度を気に入らないからなのか、どちらにあるのでしょうか。

 

生徒全員が一致団結して同じ方向を向く。これは、物議を醸す組み体操や部活動などを筆頭として学校に響き渡るスローガンです。このスローガンの下で宿題は生徒を管理統制するためのツールとして機能し始めます。「自由な時間を与えると生徒は勉強をさぼり、遊びほうける。だから、宿題というミッションを与えて生徒の生活を管理しよう。」極端かもしれませんが、こうなると宿題は、学力向上のためという大義の下で学校への忠誠心を問う踏み絵と化します。勉強は前述したように個人戦ですから、全員が足並みを揃える必要はありません。管理統制するための宿題が生徒にもたらす効果は、勉強は作業であり強制されるものだという誤った意識の刷り込みぐらいです。

 

 

■学力向上のために宿題の作成よりも大切な工夫

 

勉強は、その必要性に迫られた時または探究心を抱いた時に取り組むと学力が向上します。強制的な作業としての宿題を嫌々こなしても学力の向上に限界があります。学校は、勉強をさぼって大変な状況を招くのも自らの責任だと生徒に教え、生徒が気づく時まで静観する忍耐を持ち合わせなければなりません。「これはやばいかも」「勉強したい」と生徒が自ら思い始めた時に具体的なアドバイスとサポートを受けられる環境を学校は整えておけばいいのです。

 

そうは言っても、「やばい」と気づいた時が絶望的に手遅れであってはいけません。空気のように勉強が生活の一部に習慣づいている生徒は学力を伸ばせますから、継続した学習リズムを築いておく必要性はあります。ただし、継続した学習リズムはノルマと化した宿題では築けません。

 

生徒を管理するための宿題を課すばかりが学校の役割ではないはずです。横浜市にある聖光学院では、職員室と廊下の壁が取り払われ、広々とした空間が創られています。これは、生徒が気軽に質問をできるようにと考えられて設計されているのだそうです。また、校舎とは別に生徒が自由に出入りできる自習室も完備されており、卒業生が使い込んだ参考書や赤本が揃えられています。卒業生が参考書や赤本に書き込んだ内容は勉強のポイントを伝えてくれるので、お古の参考書は後輩たちに重宝されているそうです。

 

教室によく貼られている“自ら学ぶ強い子に”などの標語の如く、自学自習の精神を育む場が学校です。コロナ休校時に多くの生徒と先生が学習との向き合い方に混乱しました。それは自学自習の姿勢と精神が育まれていなかったからだとも言えます。「勉強は将来の生活と社会に何をもたらすのか。大人になった自分にどんな世界を見せくれるのか。」普段の授業の中で伝える工夫が、生徒よりも先に生きる先生(私も)に課せられた職務です。

 

 

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算数&数学から本質を見抜く力を育むには

  • 2020.07.05 Sunday
  • 19:10

6月16日付けのコラム「算数&数学は筋書き力で攻略する」でも述べたように、算数&数学は、計算力でも公式や解法の知識量でもなく、本質を見抜きストーリーを組み立てる言語力がものを言う教科です。今回は、本質を見抜く力について、中学受験算数と中学数学とを比較しながら考えていきます。

 

 

■同じ問題の解法でみる中学受験算数と中学数学との違い

 

以下に例として挙げるのは、中学受験算数で頻出される問題です。

何人かの子どもたちにえん筆を5本ずつ分けると15本あまり、8本ずつ分けると6本足りなくなってしまいます。えん筆は何本あるか。答えなさい。【相模女子大学中学部】

 

いわゆる過不足算の基本問題です。小学生は情報を面積図に書き込みながらこの問題を紐解いていきます。この問題のポイントは、鉛筆の分配数を変えると鉛筆の過不足数が変化する仕組みを見抜けるかという点にあります。

 

鉛筆を5本ずつ配った時と8本ずつ配った時に生ずる本数の差は、

15+6=21本となります。

 

本数の差が最終的に21本となる理由は、

子ども一人に配るごとに8−5=3本の差がつくからです。

 

これを見抜ければ、子どもの人数を求められます。

21÷3=7 子どもの人数は7人となります。

 

問題で問われているのは鉛筆の本数ですから、子どもの人数を問題文にあてはめます。

5×7+15=50または8×7−6=50

 

答え 50本 

 

 

同じ問題を中学の数学は一次方程式を用いて解きます。

求めたい鉛筆の本数をyとします。

子どもの人数が分からないので、子どもの人数をx人とします。

 

鉛筆の本数は、以下の通り2つの一次方程式で表せます。

y=5x+15とy=8xー6

 

鉛筆の本数yは同じ数なので、5x+15=8xー6 ゆえにx=7

 

xの数値を方程式に代入します。y=5×7+15 y=50

 

答え 50本

 

もちろん、どちらの解法でも答えを導けますが、2つの解法にどのような違いがあるのか、皆さんはお気づきですか?

 

中学受験算数では、「一人当たりの分配数を変えると、全体の過不足数はなぜ変化するのか?」という本質的な仕組みに焦点を当てています。小学生は、xやyなどを用いる代数を習っていませんから、方程式以外の方法でこの問題を解かなければなりません。ゆえに、問題文に書かれた事象の“なぜ”を考える必然があります。

 

対して、中学数学では、不明な数値(子どもの人数と鉛筆の本数)をxとyという変数に置き換えて数式を組み立て、一飛びで解答に辿り着いています。一次方程式y=ax+bという“代数の定型”に当てはめれば、分配数と過不足数の関係性を考えずとも機械的に解けてしまいます。5x+15=8xー6 → 3x=21 → x=21÷3 と一次方程式が変化する過程において「21÷3」の意味を考えずに解いている中学生は多いはずです。もっとも、中学受験を経験してきた、或いは地頭の良い中学生ならば、数式の意味を理解しながら解いているでしょう。

 

誤解の無いように断っておきますが、代数学は中学以降の数学で大切な単元です。代数学を用いれば、世の中の複雑な事象を数式で一般化できます。代数学は、ネット・携帯・ATMなどの身近な技術からスパコン・通信衛星・ロケットのような特殊な技術に至るまで世に溢れるデジタル技術のアルゴリズムとして私たちの暮らしを支えています。

 

 

■算数&数学の本質は意味を理解すること

 

解法を暗記したり、“型”にあてはめる解き方をしたりしていると数学的(算数的)思考力が身につきません。数学的思考力とは、算数&数学的事象を一般化したり抽象化したりして、普遍的な原理原則を見つけ出す力です。平たく言えば、“なぜ”を追究しながら規則性を見つけ、そこにどんな意味が潜んでいるのかを探る力と言えます。数学的思考は、ブラックボックスの中身を解き明かす面白さにも通じています。

 

算数&数学に対して作業的な取り組み方をしている人は、計算や学校レベルの問題を解けても、本質的な意味を理解できていません。例えば、「5÷1/3は、割る数1/3を逆数にして乗じる。すなわち、5×3=15となる。」という解き方は誰もが知っています。ところが、「5÷1/3は、なぜ5×3になるのか?」という質問に答えられる人は少ないのではないでしょうか。解き方だけを知ることとその意味までを理解することとの間には大きな隔たりがあります。

 

算数&数学は、数的事象を数式を用いて表現する一種の言語です。言語は思考する際の道具ですから、算数&数学の意味を知ることは思考の引き出しを増やし、その幅を広げます。例を挙げると数学的思考力は、ビジネスにおいてマーケティングの分析や作業工程の立案など論理的思考の基礎となるでしょう。数学的思考力を育んだ人は相関関係と因果関係を見分け、根拠に基づいた判断と行動ができるようになります。

 

 

■算数&数学の学びは“なぜの精神”を大切にしよう

 

解き方をパターン化して暗記する勉強方法に注力してきた人は、これからは次のように姿勢を改めてください。

 

〔簑衒犬帽められているメッセージをよく読み取り、そこに潜んでいるポイントを見つけ出しましょう。

知識の引き出しを総動員して、解答に辿り着くための作戦を練り上げましょう。

あとは試行錯誤しながら検証するのみです。

 

算数&数学を学ぶ時にこだわる点は、解答の○×よりも解答を導くまでの考え方です。“こうすれば解ける”ではなく、“どうして解けるのか”という視点に立って問題に向き合うと数学的思考力と成績が向上します。同時に、算数&数学の本質的な面白さにも気づける特典もついてきます。

 

 

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