最近の教科書事情

  • 2018.08.10 Friday
  • 16:51

小学英語教育の必須化、プログラミングの導入、大学入試制度の改革などなど、平成の終わりの教育スローガンは賑やかしい。しかし、第一線にいる子どもや先生たちの教育事情は、私が小中学生だった30〜40年前と比較して大きく変化しているのでしょうか。メディアが侃々諤々している上記の教育施策はさておき、今どきの教科書はどうなっているのだろう?と思い、息子の国語の教科書を開いてみました。

 

まず、でかい。B5判です。こんなに大きかったかな?昔はA5判だったような。それから、カラフルでイラストや写真も豊富。私のころはモノトーンで文字ばかりの地味な記憶しかない。(授業が退屈だったからそう思い込んでいるだけなのか)

 

一方、見た目の変化よりも大きいのが中身の変化。グループトークの仕方、聞き手になるポイント、手紙の書き方のテーマが取り入れられており、“誰に何をどのように伝えるか”を考えさせる構成となっています。中でも時代の進化を感じたのが、一目で伝わる情報として日常に溢れる記号や標識が取り上げられていることです。私が好きになれなかった詩やら俳句やらぼやっとした物語も相変わらず定番のようですが、(失礼!編集委員の方のお考えがあってのこと、個人的見解です。)国語本来の“伝える視点”が以前よりも盛り込まれていると感じました。

 

SNS全盛時代で育つ子どもたちは、短い言葉のやり取りに慣れすぎて、行間を読み取ること、正確に伝えることが極めて不得手です。相手が何を言わんとしているか、自分が発した言葉が相手にどのように受けとられるか、考えないままに言葉をやりとりすると言葉だけが発言者の意図を離れて独り歩きしてしまいます。言葉は受けるときも発するときも考えるもの。考えないやりとりに脳が慣れることで、コミュニケーションに必要な想像力が育たなくなります。こうした現代の国語問題を編集委員の方も危惧されているのでしょうか。日常のよくある会話シーンを4コマ漫画にして「きちんとつたえるためにどう表現すればよかったか」を考えさせるページがありました。

 

例えば、こんな場面。自宅2階の部屋で勉強をしていたひろし君に1階にいる母親から「ちょっとおいで」と声がかかる。勉強のきりのいいところでひろし君が1階に降りると母親の姿はなく、ひろし君のおやつに用意したと思われるアイスクリームが溶けていた。チャンチャン。という4コマ漫画。ひろし君と母親はどのように言葉を交わすべきだったのかという問題です。うむ、お互いの状況について考えが及ばす、言葉足らずが引き起こした悲劇?ということでしょう。

 

しかし、“おかん”という昭和の生き物は時として不可解かつ自己中心的な言動をするものです。私の子ども時代にもありましたよ、似たようなことが。2階にいると「お茶入れるけど、熱いのがいい?冷たいのがいい?」と1階から声を掛けられ、「冷たいの!」と答えると「もう熱いの入れたわ」との返事。「じゃあ聞くなよ(怒)」ってイライラしたものです。

 

少々本題とずれましたが、おかんは家事に追われて忙しいのです。何も手伝わない息子君のために上げ膳据え膳のようなきめ細かい対応を決してしません。「ちょっとおいで」と呼ばれれば、すぐに1階に降りること。“おかん”は次の家事の場所へすぐに移動してしまいます。その証拠に1階に降りた時には“おかん”はいませんでしたよね。アイスクリームを用意してもらっただけありがたいと思いなさい。つまり、この場合は、「自分のおやつくらい自分で用意しましょう」というのが正解かなという結論に至りました。

 

編集委員の方、本当にすみません…。

 

 

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教育の理想を追求した偉人―夏旅第1回―

  • 2018.09.05 Wednesday
  • 18:02

毎週のように発生する台風が20、21号と数を重ねるごとに、秋の足音が近づいて来るようです。夏が過ぎ去っていくことに後ろ髪をひかれる想いの今日この頃。私にとって夏の醍醐味は旅と遊び。照りつける日差し、五月蠅い蝉の声、郷愁誘う蜩の音色、旅の途中で味わう水物の清涼感…夏の旅は楽しい記憶をいつまでも脳裏にとどめてくれます。今年の夏は、十数年ぶりに鈍行列車の旅に出かけてきました。夏の未練たらたらに、夏旅で見たこと感じたことを綴っていきます。

 

 

 

夏旅第1回は、松本市にある旧開智学校です。旧開智学校とは明治の学制発布を受けて、新たな時代の幕開けを教育にかけた松本の人々の情熱と献金により誕生した擬洋風建築の小学校です。現在は、当時の学校建築様式そのままに明治大正期の小学校教育に纏わる展示がされています。そこで見つけたある偉人の言葉。

 

 

『もし小学校で此の自学自習がよく行はれて児童に自学自習する力と、其の精神習慣が養成されたなら、中等教育や高等教育は別に学校を設けず、生徒が自学自習していけばよい。もとより自学自習のために図書館とか博物館とか実験室とかの設備は入るであらうが、今日の所謂学校は入り用でなくなる。・・・・・かかる時代が来ないに限らない。否その来ることを希望せねばならぬ。』

 

ちょっと言い回しがレトロですね。平たく言うと、『小学校(旧制)の内に自ら学び学習する力とその習慣が身につけば、中学(旧制)や高校(旧制)に通い学ぶ必要はなく、生徒が自ら学び学習できる。そのためには、図書館や博物館や実験室のような学習施設は必要となるが、いわゆる学校は不要となる。・・・・・このような時代が来ないとは限らない。いや、このような時代が来ることを希望しようではないか。』

 

この言葉は、松本出身で東京帝国大学を卒業後、文部省官吏として明治期の近代教育確立に尽力した澤柳政太郎氏が書き残したものです。澤柳政太郎氏は官僚引退後、大正自由教育を掲げた成城小学校(現在の成城学園小学校)を創立したことでも知られています。

 

 

江戸の寺子屋式教育から欧米列強に倣った近代教育の枠組みを確立させることに明治政府が躍起になっていた時代です。澤柳氏が斬新かつ自由な教育観を持ち得ていたと同時に教育の本質を看破していたことに感心するばかりです。平成の文科官僚は…。今話題になっている文部科学省元局長のあの方を思わず思い浮かべてしまいました。

 

 

澤柳氏から100年以上経った現代の教育事情はどう進化してきたのでしょうか。6・3・3・4の学校制度は常識となりました。学びの選択肢は多様化しているように見えます。夢や目標を具現化するために志をもてば、比較的容易に学ぶことができるようになりました。一方で、日本人は帰属意識が強く、帰属することに安心し、やがてその集団にステータスの優劣を感じるようになりがちです。先人たちが苦労して設立した学校で学ぶことを忘れ、学校に在籍することが目的となってしまっては本末転倒です。教育は子どもを社会の中で個として自立させ、内面を豊かにし、社会に貢献できる大人に育てること。どんな学校に通っていたか(いるか)ではなく、何を学んできたか(いるか)に学びの本質があります。学校は一定の学びの場を提供してくれますが、学びの場は学校だけではありません。自戒も含め、学ぶことに貪欲であること、探求心と行動力を持ち続けることを日々心掛けたいものです。

 

 

 

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教育の変わらぬ土壌―夏旅第2回―

  • 2018.09.09 Sunday
  • 15:57

夏旅第2回も引き続き、松本の旧開智学校編です。15年くらい前までは松本に何かと縁があってよく足を運んでいました。久しぶりの松本で感じた変化は、松本城への観光客が爆発的に増加したこと、電柱も地中化され繩手通や本町通など城下町の街並みが歩きやすく整備されたことです。東にまるっとした形の王が頭、西に北アルプス穂高連峰をのぞむ松本の街。街中には豊かな湧き水の井戸が点在します。湧き水とこれば、蕎麦とわさび。普段は絶対に行列に加わらないひねくれものの私が2時間近くも一皿の蕎麦を待ちました。他にも五一ワインや開運堂の真味糖など松本名物は事欠かないのですが、今回初めて出会った隠れた特産物が『くらかけ豆』なるもの。写真を撮っておけば良かったのですが、あっという間にビールのお供に消えてしまいました。くらかけ豆は地元でも収穫量が少なく、市場にあまり流通しないのだとか。気になる人は調べてください。

 

 

そうだ、旧開智学校の話でした。今回気になった展示がこちら。『開智学校 季節ごとの過ごし方について(明治時代の指導)』。学校から児童に向けた月毎の過ごし方についてのお便りです。現在の学年だより的なものかと思います。一部を抜粋してみましょう。

 

  

 

『5月…多少暑くなって日に焼けるようになる。最近は化粧品が多くなってきたが、自然美を大事にするようにしたい。また、色白でいたいという国民的旧習を打破し、男女ともに体格美を賞賛する気風を養いたい。女児の中には、朝、日が昇らないうちに日よけのための洋傘を持って登校する者もいる。こうした傘の使用を禁じて、大いに肌を黒くするべきである。(ただし、6月15日頃から8月末までと、病気のものに対しては傘の使用を許可する)』

 

日傘をさして登校する小学女子児童というのはモボモガのセンスなんでしょうか。ピンときませんが…。それはさておき、この時代には健康科学的な知識が乏しいことを差し引いても、化粧やファッションを否定し、色黒こそが健康優良児の証という考え方が正義であったことが読み取れます。いつの時代も女子のキレイでいたい願望は変わりません。当時の学校には女子のおしゃれ心を理解する余地は微塵もありません。そして“気風を養いたい”という言葉が示すように皆こうあるべきという一つの価値観に学校の指導は集約します。

 

 

『11月…急に寒さを感じるようになるが、この時期の寒さに体をかがめることはあってならない。町場の児童は早くも襟巻やショールを使用するものが出てくるが誠に面白くない。大いに寒気に対して抵抗する精神を見たい。』

 

信州の11月はかなり寒いんじゃないでしょうか。襟巻(つまりマフラー)やショールは私の卒業した中学でも禁止されていました。当時、なぜ禁止されていたのか明確な根拠は分かりませんでした。そうか、根底にあったのはこの考え方だったのね。“誠に面白くない”、“抵抗する精神を見たい”…いやいや、面白いですよ。この言い回し。

 

マフラーではないですが、私の中学時代、家にあった白いパラソルを何の気なくさしていったことがありました。その日、私は職員室に呼び出されて、『黒か紺の傘は持っていないか。校則では無地の傘となっているので違反ではないが、白い傘が(先生の目にはおしゃれに見えたので)他の生徒に流行るとちょっと…。』と言われたことがあります。もちろん、先生に悪意があったわけではないのでしょうが、“誠に面白くない”、”抵抗する(この場合は学校に従順な)精神を見たい”ということだったのでしょうね。

 

 

言い回しの違いこそ150年の年月を感じますが、学校教育の根底にある考え方や価値観はあまり相違ない様に感じます。学校という場で子どもたちが学ぶもの、習得するものは何でしょうか。1つには、学業や人間性などの個人の成長を促す場としての側面があります。子どもたちは自分と異なる家庭環境や個性を持つ同級生たちと刺激し合い、切磋琢磨し、協力し合いながら、自分を磨いていきます。2つ目には社会性を学ぶ場としての側面があります。学校は同世代が集い学びあう小さな社会として機能します。小さな社会の中で自らの役割を認識し、振る舞い方を学び、基礎的な社会性を身につけます。小さな社会ですから、秩序を保ち学校が健全に機能するために、ルールや礼儀が必要です。ところが、学校社会を運営していく中で、いつしか秩序を保つこと自体が目的化してしまう現実があります。その結果、自由で活発な学びの場を実現するための手段としての行動規範を追い求めて、学校は“あるべき生徒像”を押し付けてしまいます。

 


多様性が叫ばれるご時世ですが、一人ひとりが体に染みついた感覚や意識を変えていくには、まだ時間がかかりそうです。誰もが多様性を認め合う下、自由に学びを選べる時代へ。明治の近代教育黎明期に学びのあり方を真剣に考えた先人たちに倣って、平成末に生きる私も教育新時代のほんの一助になれたら幸せです。

 

 

 

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