100点満点主義からの脱却〜塾に通う意味〜

  • 2020.06.19 Friday
  • 18:30

学校教育の下で素直に育ってきた生徒たちの特長の一つに100点満点主義があります。100点満点は偉くてすごい。100点満点こそが勉強の目指すべきゴールである。100点満点主義を妄信する生徒は、1点のミスもなく整然と○(マル)が並ぶ答案に美しさを感じるあまり、小テストや定期テストにおいて100点満点まであと何点足りないかを最大の関心事としています。フィギュアスケートの採点ならば、ミスなき完璧さに達成感や爽快感があります。しかし、学習の場において100点満点主義を妄信する姿勢はあまり意味を持ちません。

 

 

■100点満点主義がもたらす弊害

 

勉強における100点満点主義がもたらす弊害の一つに、過程を見ずして結果ばかり気にするという態度があります。答案が返却される際に、途中式や考え方の見直しよりも点数だけを気にする生徒は多く見られます。解答を導くまでのプロセスを考える力こそが勉強の真髄です。しかし、生徒たちは、結果が○ならば安心し、×ならば落胆し、何問できたかだけに終始しがちとなります。それは、まるでクイズ番組的な感覚と同じです。クイズは娯楽や競技として分かりやすく面白いけれども、勉強の目的が考える力を育むことである点から考えるとクイズ的な勉強の捉え方は効果的学習とは言えません。

 

 

■100点満点の価値って何だろう?

 

もし、中学生が小学生レベルの算数問題で100点を取ったとしても、喜ぶ中学生はいませんよね。極端な例を持ち出しましたが、問題には難易度があり、100点満点は学力を計る指標として信頼性がありません。全体の中における自身の学力の位置を知る指標としては偏差値がありますから、点数よりも偏差値を意識する方が合理的です。

 

仮に、難易度が高いテストで一人だけ100点満点を取ったならば、羨望の眼差しを浴びて優越感に浸れるかもしれません。それでもテストの本来の目的から言えば、そうした羨望や優越感に意味はありません。テストは学習の理解度を確認し、弱点と修正点を洗い出だすために行われます。ゆえに、テストは自分自身と向き合う個人戦です。周囲に対して優越感を抱くためでも劣等感に苛まれるためでもありません。

 

100点を取れば、勉強の成果を実感できるし、次へのモチベーションが上がるのではないか、という意見もあるでしょう。指導する立場として、生徒に“解ける&できる”と実感を持たせるために優しい問題をわざと用意する場合もあります。ただし、それはエンジンがかからない生徒を焚きつける一つの奇策であり、多用しても生徒の学力向上につながらないどころか、子供騙しと化してしまいます。本質的な理解と学力向上を実現するためには、目先の点数で生徒を気持ち良くさせるよりも、問題のポイントを掴む力をつけさせる方が効果的です。

 

 

■受験で合格を勝ち取るために100点は不要

 

受験の世界において100点満点を取ることは現実的でありません。受験とは多くの受験生を篩(ふるい)にかけて、学校が望むレベルと人物像に合う生徒を選りすぐる場です。すなわち受験問題には、受験生に知力と労力を浪費させミスを誘う落とし穴が仕掛けられています。受験生が合格を勝ち取るために必要な点数は合格最低点です。他の受験生をいかにして蹴落とすかという術ではなく、ただひたすら合格最低点をクリアできる学力を身につけなければなりません。100点満点を目指して受験勉強に勤しんでも非効率なだけです。ちなみに合格最低点は、受験の種類や学校により異なりますが、65〜80%の間にある場合が大半です。

 

 

■問題との向き合い方はプロセス重視で

 

算数&数学の問題に向き合う時、まず問題文をよく読み情報を整理して何が問われているのかを明確にします。次に、図や数直線などを駆使しながら問題を解くポイントを探せるか否かに照準を合わせます。「この問題は全体の比と差を使うと解けるな」とか、「つるかめ算の仮定的考え方を当てはめればできるな」とかいった具合に解答に辿り着く作戦を描けたら攻略達成です。解答合わせをする際は、考え方の方向性と見抜いたポイントは正しかったか、組み立てた式とその順序に抜けや矛盾はなかったか、を照らし合わせましょう。最終的に答えが○か×かは重要ではありません。プロセスができていれば、答えは自ずとついて来るからです。できるだけ多くの問題にあたるためにもプロセス重視の向き合い方が有効となります。

 

 

 

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